
“ 十一月十四日に、師池田京水(けいすい)が五十一歳で歿した。 この年抽斎は三十二歳になった。天保七年三月二十一日に、抽斎は近習詰(きんじゅづめ)に進んだ。蘭軒に従学する前二年の事である。榛軒の女(むすめ)かえに配せられたのである。次を全安(ぜんあん)といって、伊沢家の女壻になった。後に全安は自立して本郷弓町(ゆみちょう)に住んだ。後に名を優(ゆたか)と改めた人である。抽斎の友森枳園(きえん)が佐々木氏勝(かつ)を娶って、始めて家庭を作ったのも天保四年で、抽斎が弘前に往った時である。 これより先枳園は文政四年に怙(こ)を喪って、十五歳で形式的の家督相続をなした。 ”