
“ 『なに、それほど変つても居ないが、普通の人よりは宗教的なところがあるさ。 だから、尼僧(あま)ともつかず、大黒(だいこく)ともつかず、と言つて普通の家(うち)の細君でもなし--まあ、門徒寺(もんとでら)に日を送る女といふものは僕も初めて見た。其日蓮華寺の台所では、先住の命日と言つて、精進物(しやうじんもの)を作るので多忙(いそが)しかつた。思ひやると、其昔のことも俤(おもかげ)に描かれて、言ふに言はれぬ可懐(なつか)しさを添へるのであつた。 あまり不思議だから、今朝其話をしたら、奥様の言草が面白い。用意の調(とゝの)つた頃、奥様は台所を他(ひと)に任せて置いて、丑松の部屋へ上つて来た。土屋君、左様(さう)だつたねえ。成程左様(さう)言はれて見ると、少許(すこし)も人を懼(おそ)れない。 ”